「悦凱陣」は金刀比羅さんのお膝元、香川県仲多度郡琴平町にある小さな酒蔵が醸造しているお酒です。「よろこびがいじん」と読みます。
※この記事を書いた日本酒ライターdencrossのプロフィール
金毘羅さんの参道にある小さな酒蔵
「悦凱陣」を醸造するのは、創業明治18年(1885年)の丸尾本店。金毘羅街道沿いの趣のある街並みの中に静かに佇んでいます。はじめて訪れたときには見落としてしまいそうなほど街並みの中にピッタリとはまり込んでいます。酒蔵というより造り酒屋とよぶ方がふさわしい感じで、江戸時代からのまま使用されています。また、本宅部分や離れには、密談室跡やからくりが残っており、西主家、東主家、原料蔵、作業場、西味噌蔵は登録有形文化財に指定されています。お店の前には、「凱陣」の菰樽が置いてあるので訪れる方は目印にどうぞ。ちなみにお隣は丸尾醸造所という味噌や醤油を醸造しているお店です。こちらの味噌や醤油も美味しいと地元では有名だそうです。
酒造の歴史
ところで気になるのは創業年。明治18年の創業では幕末の志士を匿えないのでは…。実は、丸尾本店の創業は明治18年ですが、こちらの酒蔵の歴史はずっと前にさかのぼります。
もともとこちらの酒蔵は、造り酒屋「新吉田屋」という屋号で、当時の経営者は高杉晋作や桂太郎と親交が深かった当地の志士、日柳燕石のスポンサーでもあった長谷川佐太郎でした。丸尾本家の初代は長谷川佐太郎より、造り酒屋とお屋敷を譲り受け、酒造業を引き継ぎました。丸尾本家として歴史は135年余りですが、酒造りの歴史はもっと長いのです。
ちなみに、日柳燕石の名前を冠したお酒、「悦凱陣 純米大吟醸 燕石」もラインナップされています。
丸尾本家の酒造り
丸尾本家は小規模な酒蔵のため、隅々まで目の届く丁寧な酒造りを行っています。原料にもこだわり、讃岐産の新米を中心に、全国より選び抜かれたさまざまな酒米を使用して醸造しています。特に、中心となる地元讃岐産の「大瀬戸」を用いたお酒は蔵元曰く「独特の味がする」お酒とのこと。
お酒の原料として重要なものに水もあります。丸尾本家では弘法大師が改修したことでも知られる日本最大の溜池、満濃池の伏流水を使用しています。この水には少し秘密があります。水のあたりが季節により変わるそうです。真冬の水と春先の水ではその表情がかわるため、酒造りの前半と後半では出来上がるお酒の酒質も微妙に変わってきます。その微妙な違いを味わうのも「凱陣」の愉しみなのです。
※満濃池
もうひとつこだわりがあります。それは和釜を使用するということ。「和釜?」と思われる方も多いともいます。現在、規模の大小に関わらず、多くの酒蔵ではボイラーで作ったスチームで酒米を蒸す方法を利用しています。別段、この方法で蒸した酒米でも問題なく酒造りに支障はなく、数多くの美味しい日本酒が造られています。
しかし、丸尾本店は和釜での蒸しにこだわります。和釜による蒸しは、和釜の下にバーナーを置き、和釜の上に木製の甑を置いて米を蒸す方法です。甑というのは大きな蒸籠のようなものです。下からのバーナーの火により、和釜の中の水が沸騰し、高温の蒸気が上がり甑の中の酒米を蒸し上げていきます。通常、和釜は鋳物で造られているため、強火に耐え、ボイラーの蒸気により高温の乾燥蒸気を発生させ、蒸し米の表面より余分な水分を奪ってくれるので、理想的な蒸し米の状態である「外硬内軟」の状態に仕上げることができるといわれています。この和釜による米の蒸しへのこだわりも、「凱陣」の魅力のひとつといえましょう。
そうそう、今日は丸々一日県西部までロングドライブに出ていたのだが、途中の琴平にある悦 凱陣(よろこび がいじん)という清酒を造っている丸尾本店に立ち寄ってみた。まぁ、我が地元では、マイナーでありながら県外客には好評で、あの高杉晋作も飲んだといういう老舗の酒蔵だそうな。#琴平町 #悦凱陣 pic.twitter.com/xVQD6ylDDE
— F-79 4代目ライフ乗りの懐古厨 (@Exantia6F) June 17, 2018
米の個性に注目した酒造り
丸尾本店では、先に記したように地元讃岐産の「大瀬戸」を中心に、全国より選び抜いた酒米でお酒を仕込んでいます。酒米の雄「山田錦」をはじめ、「雄町」、「亀の尾」、「八反錦」、「五百万石」、「神力」など、日本酒通ならだれもが驚く酒米のオールスターです。それぞれの酒米の産地もバラバラ。中には、ひとつの品種でもいくつか産地のものを使い分けているものもあるそうです。
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「悦凱陣」の味わい
金毘羅さんの門前で丁寧に造られた「凱陣」とはどんな味わいなのでしょうか。ラインナップよりいくつかの商品をご紹介しましょう。
悦凱陣 燕石 しずく 斗瓶囲い 純米大吟醸 生
「悦凱陣」にしては、ずいぶん“きれい感”がある「悦凱陣 純米大吟醸 燕石 無ろ過生 しずく酒 斗瓶囲い」(香川県・丸尾本店)。落ち着いたたたずまいながら存在感が大。詳しくはこちら↓https://t.co/WYJmy50FUp pic.twitter.com/7ZzXphfwXZ
— 日本酒 酒蛙 (@sakekaeru) February 3, 2016
「悦凱陣 燕石 しずく 斗瓶囲い 純米大吟醸 生」はラインナップのフラッグシップ的な商品。高価なお酒ですが、その価値は十分にあるお酒です。ただ、1升瓶を購入した場合、入る冷蔵庫のあるのかと価格とは別のことも気になるところです。こちらのお酒は、兵庫県産の「山田錦」を全量使用。35%まで磨き上げ、弘法大師ゆかりの満濃池の伏流水で仕込まれています。酒名にある「燕石」とは当然幕末の志士「日柳燕石」のことです。
さて味わいの方へ。栓を開けると立ち上る上品な香り。グラスに注ぐとさらに際立ちます。透き通るようなサラッとした淡麗な酒質。口の中に広がる甘さと旨み。そして立ち上がってくる酸味は円く柔らかで調和のとれたバランス良く、スーッと余韻を引きながらまとめて淡く消えて行きます。こんなお酒はなかなかありません。生酒ですから、凉冷えから雪冷えまできりり冷やして飲むのが定番。ですが、あえて燗酒にしたいお酒でもあります。日向燗や人肌燗、ぬる燗。どの温度でもことなる顔見せてくれ、絶対に美味しいはずです。
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悦凱陣 山廃 純米 無ろ過生 オオセト
「悦凱陣 山廃 純米 無ろ過生 オオセト」は、「悦凱陣」のスタンダート商品。讃岐産の「オオセト」を全量使用しています。「オオセト」を60%まで磨いて山廃仕込みで造られた一本です。山廃仕込みらしい酸のキレが小気味いい感じのお酒。口あたり軽快で淡麗、立ち上る香りも軽いながら華やかさがあります。口に含むと、スーッとオオセト由来の旨み広がり、甘みと渋み、そして酸味が表れて、サッとキレていきます。食事のおともにもいいお酒です。冷やしても常温もおいしく頂けますが、このお酒は燗にするとさらなる本領を発揮してくれます。温度によって旨みが変わるのです。人肌燗やぬる燗、上燗に温めて、湯豆腐などとあわせれば冬の晩酌が進むこと間違いありません。
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悦 凱陣 純米吟醸 興 うすにごり生
開栓して一気に飲み切るのではなく1週間ほど熟成させておくと味わいが変化します。飲みごたえがある味わいへと変化していくので別のお酒のようです。この変化もぜひ楽しんでみてください。冷やして飲むか、常温、ぬる燗がおすすめのお酒です。
悦凱陣 大吟醸
悦凱陣 金毘羅大芝居(こんぴらおうしばい) 純米吟醸
悦 凱陣 純米吟醸 讃州山田錦
悦凱陣 純吟 赤磐雄町 無濾過生
旨味と酸味のバランスが取れている飲みやすい味わいのお酒です。お米は赤磐雄町が使われています。お値段がやや高めですがとても味わい深いお酒です。冷やして飲むか、常温、ぬる燗で味わってみてください。悦凱陣 興 純米吟醸
口の中で旨味が広がった後にしっかり酸味が出てくるお酒でキレがあります。やや辛口地の味わいで様々な温度で楽しめるお酒です。温度による風味の変化も楽しんでみてください。悦凱陣 山廃 純米酒 無ろ過生 亀の尾 花巻
フレッシュな香りが楽しめるお酒です。穏やかな味わいで旨味が口の中に広がります。余韻もあるお酒です。味わい深いお酒でバランスが取れています。悦凱陣 純米酒 無ろ過生 オオセト
名前の由来
ところで、ここで「悦凱陣」と書きましたが、店先に積んである菰樽や、金丸座に積んである菰樽を見ても「凱陣」と記されているため、どうやら「凱陣」がお酒の名前のようです。
由来のほうですが、日清・日露戦争に勝利した事を祝って名付けられたとか、酒蔵の子息が日露戦争に出征して、無事に帰ったことに当主が悦び名付けたなどいくつかの説があるようです。ただ、「凱」は「凱旋門」などでしか目にすることのない漢字で、もともとは戦いに勝った時に奏でる音楽のことで、転じて勝ち戦や勝どきの声という意味でも使われます。「陣」は軍隊の配置や備え、転じて戦いや合戦という意味もある字。どちらの説も正しそうです。
まとめ
「悦凱陣」のラインナップにはさらなる魅力あふれるお酒があります。そして全てのお酒に通底しているのは酸とコク、そしてキレがしっかりあるきれいなお酒ということ。辛口に仕上がっていてもしっかりと甘さを感じる、いわゆる旨口のお酒で食事のおともにはピッタリの仕上がりになっています。
また、酒米ごと、産地ごとに仕込まれるため、バリエーションが豊富で、気になる酒米のお酒を見付けたら即ゲットです。小仕込なため量がないので、ある意味一期一会。ただ、冷蔵庫が心配になりますが。
「悦凱陣」は醸造する丸尾本店も見どころ満載です。金毘羅詣での帰りにでも機会があれば是非とも蔵元を訪れて下さい。そのたたずまいに驚くことでしょう。