高橋商店の創業は江戸時代の1717年(享保2年)にまで遡ります。この年、初代の高橋六郎右衛門は米どころの八女で造り酒屋を始めました。もともとは味噌や醤油などの麹造りをする商売をしていたとされ、地元では「麹屋」とも呼ばれていました。

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歴史
「繁桝」という銘柄は、10代目の高橋繁太郎の名前に由来します。繁太郎氏の時代には、会社組織への改組が行われたりもしました。その後も歳月が流れ、さまざまな変化を遂げて現在は19代目中川拓也社長が蔵を守っています。
実は中川社長は18代目高橋信郎氏の娘婿にあたる方です。ずっと高橋姓だった高橋商店の蔵元が中川姓に変わったのは、そのような理由からになります。
その中川社長の経歴にも興味深いものがあります。日本酒とは全く関係のないゼネコン出身で、トンネルを造る仕事などをされていました。トンネルのような大きな建築物を造る世界から一転、目に見えない麹や酵母を相手にして日本酒を造る世界へと入ったのです。異業種からの転身だからこそ、酒造りに対して感じることもあるでしょう。
高橋商店に入った頃、「この酒蔵のお酒が美味しいことは確かなのだけど現状にあぐらをかいていては他の酒蔵に追いつかれてしまう、何かをしなくてはいけない・・・」と焦り悩んだそうです。
ワインの場合、どの地方のブドウで造るかによってそのワイン独自のロマンが生まれます。しかし日本酒の原料の酒米ではそこまでのロマンをつくることができないと思い、そこで気づいたのは高橋商店ならではの麹造りでした。蔵人もみんな、自分のところの麹造りの技には自信を持っていました。麹造りを極めることこそ独自のロマンになると考えたのです。
【繁桝】麹造りにこだわった辛口の酒
そうして2018年、高橋商店では大規模な設備投資をして木製の大きな麹室を新しくつくりました。それと同時に、国際的に認められている食品の安全性を保つための衛生管理の手法である「HACCP(ハサップ」の導入もしています。
麹室をステンレス製ではなくあえて木製にしたのにも、中川社長の深い考えがありました。現在は衛生管理がしやすいステンレス製の方が一般的ですが、中川社長はステンレス製の麹室での麹造りでは頑張っても80点止まりの酒造りしかできないと考えたと言います。80点くらいのお酒はできるけれど、100点のお酒は造れないと思ったのです。
そして100点のお酒を造れる可能性のあるのは、木製の麹室だと考えました。どれだけ科学技術が進んでも、まだまだ未知の部分が多い麹にとって、その可能性を最大限に生かせるのは昔ながらの木製の麹室だと信じたのです。
また木製の麹室を清潔に保つことは、ステンレス製よりも大変です。そんな大変な木製の麹室をきちんとていねいに扱うことで、蔵人の感性が育つとも考えたそうです。酒蔵にとって、高い感性を持った蔵人の存在は非常に重要でしょう。
酒米と水
もちろんお酒の原料である米と水にもこだわりがあります。「繁桝」で使う酒米は、福岡県産の「山田錦」「雄町」「吟の里」「夢一献」です。これらの米を自家精米機を使って精米しています。そしてストップウォッチを片手に、手洗いでの洗米をします。
水は、三国山から流れ出て有明海へと注ぐ矢部川の伏流水です。この水には麹菌や酵母の増殖を助けるカリウム・リン酸・マグネシウムが適度に含まれていて、酒造りにも最適なものになります。
高橋商店の「繁桝」は辛口にこだわった男酒です。世の中は甘口の酒が好まれる傾向がある中で、それでも辛口にこだわっていこうと決めているそうです。
ちなみに同じ八女市内にはもう一軒、有名な酒蔵の喜多屋があります。こちらのお酒は甘口の女酒です。同じ土地で造られたお酒を飲み比べてみるのも楽しいかもしれません。

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JALのファーストクラスに認められたお酒「繁桝」
繁桝 箱入娘
さて、このJALの機内では日本酒が供されることをご存知ですか。もっとも、エコノミーの経験しかありませんので、あくまで聞いたり読んだりしたお話ですが・・・。ファーストクラスやビジネスクラスではアルコールが愉しめることは知られています。ファーストクラスではセレクションされたワインから選択できるのです。おなじように日本酒もセレクションされて提供されています。セレクションされる銘柄は季節ごとに変更されますが、お酒の専門家が選び抜いた、じっくり愉しんでもらいたい銘柄ばかりです。その中に今回紹介する「繁桝 箱入娘」あります。
「繁桝 箱入娘」は山田錦を40%まで磨き上げて使用した、大吟醸酒の一本です。純米酒党の方からは、「純米大吟醸やない」と、ご批判を頂戴するかもしれませんが、あえて使用しているのです。そもそも、醸造用アルコールの使用は江戸時代から行われてきた歴史のある方法。高品質のお酒の品質保存や、お酒の香の調整、辛口に仕上げるなどの効果があるのです。高品質のお酒にアルコール添加することにより、一段とお酒の持つ力を引出すことができるのです。
「繁桝 箱入娘」も当然、米に味わいをしっかりと、香りがより芳醇にするために使用しています。飲み味は、力強い米のうま味と甘さ口一杯に広がりますが、クドさを感じることもなく、いやなあと味を残すことなく、きれいさっぱり消えていきます。後半のキレのよさは、大吟醸でありながら辛口の風情を持っています。飲みやすく、キレが良いので、晩酌にもおすすめできますが、大吟醸なので毎日は難しいかな。さすがファーストクラス採用のお酒です。
「繁桝」には、「大吟醸 箱入娘」のほかにも魅力的なお酒がたくさんあります。
繁桝 辛口純米酒

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繁桝 夏に夢る雪 にごり
季節限定酒になりますが、「繁桝 夏に夢る雪 にごり」も非常に趣深い一本です。こちらは軽く冷やした凉冷えから、キリット冷やして喉越しの涼を愉しむ「雪冷え」まで、冷たくして真価を発揮する夏向けのお酒。
冷やしたグラスに注ぐと、立ち上がるフレッシでフルーティな香りが清々しく、口に含むと米と麹が作り出したほのかな甘みスーッと広がっていきます。あとを追うように柔らかな優しい米のうま味が口一杯に広がります。喉越しはさらっち流れていき、余韻を引きながら淡く消えて行きます。あと味は余計な甘さがべたべた残ったり、クドさがあったりするようなことはありません。冷やし飲むだけではなく、ロックで愉しむとにごり酒のクリーミーさがしっかり味わえるでしょう。
「繁桝」のラインナップには、まだまだ紹介したい魅力的なお酒がありますが、とても全部紹介しきれるものではありません。興味が湧いた方、是非とも「繁桝」をご自分で味わっていただきたい。九州は焼酎のイメージの方々もきっと酒質に驚くことでしょう。
最後に、「繁桝」の純米酒で漬けられた、「繁桝 純米 梅酒」をご紹介します。
繁桝 純米 梅酒
まとめ
「繁桝」を醸造するのは、お茶の産地としても知られる福岡県八女市にある高橋商店。酒蔵にありがちな「○○酒造」などではなく、高橋商店と聞けば商家のような感があります。しかし、酒造りの歴史は長く、創業は享保2年(1717年)というから、徳川吉宗の活躍した時代、300年を超える老舗の酒蔵です。創業の初代より、現在は19代目。一代一代、伝統の手技を継承、研鑽し、さらに新たなここ試みを積み重ね、評価を高めてきました。ここまで、いくつもの苦労があったことでしょう。
お酒の銘である「繁桝」は、「しげます」は「繁昌」とも表せ、年々歳々繁りゆく昌を意味し、縁起の良い名前をもとに、「昌」の字を「桝」として名付けられたそうです。現在。「繁桝」の名で多くの商品を展開しています。まさに「繁昌」の文字通りになっています。