ものには流行り廃りがあるように、日本酒にもまた、流行というものがあります。たとえば、戦後間もないころ、「甘くない酒は売れない」といわれました。

※この記事を書いた日本酒ライターdencrossのプロフィール
「三千盛」の歴史
「三千盛」醸造しているのは、岐阜県多治見市の造り酒屋、株式会社三千盛。お酒の名前と屋号が同じ酒蔵です。創業は江戸時代の中ごろの安永年間(1772~1781年)といいますから、240年の歴史を積み重ねた老舗の酒蔵です。
初代 水野鉄治が開業から明治中期までは、「金マル尾」、「銀マル尾」、「炭マル尾」という3つの銘柄を醸造販売し、当地では随分親しまれた銘柄でした。その後、「黄金」と名前を変更、昭和初年に上級酒の銘柄として「三千盛」が生まれました。
「三千盛」は、当初より「からくち」を目指して醸造されました。当時は、「甘口のお酒しか売れない」といわれた時代。当時の当主水野高吉は、時代の流れに迎合せず、すっきり辛口の味わいのお酒「三千盛特級酒」を完成させました。
作家永井龍男との邂逅
甘い日本酒が主流の時代に、「からくち」の味わいの「三千盛」は発売されました。甘口の日本酒ではない、「からくち」の日本酒を求める日本酒愛好家は当然おられましたが、現在のように情報がボタン一つでSNSに流れる時代ではありません。限られた情報の中から、「三千盛」の話を聞きつけて日本全国より多治見へ買い求めにくるような時代です。
そんな中、ひとつの転機が訪れました。偶然にも、作家で戦前は文藝春秋の編集長を務め、戦後も長く文壇で活動されていた永井龍男氏の目に留まりました。氏は、当時主流だった甘い日本酒が甘ったるく、新鮮な魚などの御馳走の味を台無しすることを嘆いておられました。そのとき、「三千盛」に出会ったのです。その飲み口のよさに驚きました。
その後、氏は「三千盛」をほうぼうで推薦し、多くの方々に知られることになりました。その評判を聞きつけ、口にした人から、「三千盛でなければダメだ」という愛飲家もあらわれ、全国の料亭や寿司屋などの店舗でも置かれるようになりました。
甘口に迎合せず「からくち」を醸し続けた水野高吉氏と、「からくち」のお酒の素晴らしさを発見した永井龍男氏の慧眼には、「恐れ入りました」の一言に尽きます。
継承される「からくち」の酒造りの系譜
現在、「三千盛」は年間2000石を生産しています。1升瓶に換算すれば20万本あまりです。しかしながら、酒蔵の生産規模としてはまだまだ小規模な部類に入ります。
現在、約20名の従業員が、7から9月盛夏の季節をのぞき9か月間の酒造りを行っています。
原材料であるお米は、産地や天候、収穫された年により異なります。それぞれの米の微妙な違いを考慮して、米は磨きあげられます。この精米作業を専門の業者に発注する酒蔵もおおいなか、三千盛では自前の精米機を設置、自家精米にこだわって精米しています。
この精米にはじまり、蒸し米、麹造り、酛造りと、坦々とした作業が進んで行きます。それぞれの工程には取り立てて洗練されたものではありませんが、しっかりと確実丁寧に、そして受け継いだ伝統の技術が工程のひとつひとつが「からくち」の味わいを作っていきます。特別な何かがあるのではなく、全てが受け継がれてきた伝統の技術が、「三千盛」を造り出しています。
「三千盛」の由来
さてここまで、「三千盛」についていろいろと書いてきました。ところでこのお酒の名前、何て読むか分かりますか。「さんぜんさかり」、「さんぜんもり」、「みちもり」と。いろいろな読み方ができますが、こちらのお酒の名前は「みちさかり」と読みます。
「三千盛」の由来について、先代の独語録によると、昭和の初期のころ、酒蔵が日本全国に1万余りあり、それぞれがお酒の名前をとうろくしているため、目ぼしい名前はすでにうまっていたそう。あとは、今登録されているお酒の名前と重複しているものに土地の名前を冠して登録するしかないと思っていた矢先、レッテル屋がすぐに登録できる名前として「三千盛」を持ってきたそうです。当時は、お酒の名前の上に「特選」や「褒紋」、「別撰」といった文字を冠して、売り出しました。
しかし名前の由来が、レッテル屋の持ち込みだとは、なんとも驚きの由来です。
「からくち」一筋、岐阜県多治見のお酒「三千盛」3選
現在、「三千盛」には多くのお酒がラインナップされています。日本酒のラベルには日本酒度という項目が記載されています。日本酒度とは、簡単に説明すると、そのお酒に含まれる糖分の量をあらわしたものです。糖分が多いと甘く感じられるため甘口に、逆に少ないと辛口に感じられます。日本酒度では糖分が多いとマイナス、少ないとプラスに表示されるため、辛口のお酒はだいたいプラス何になっています。
「三千盛」のラインナップは辛口揃いのため、ひとつの例外をのぞいてすべてプラスの辛口揃いです。
からくち三千盛のスタンダード
やさしい旨味と爽やかなあと味は、お料理の味をしっかりと引き立ててくれるので、お食事のお酒に最適。白身のお刺身や湯豆腐などとあわせたいお酒です。
常温や凉冷えで愉しむのも定番ですが、ここは燗。日向燗から熱燗まで、温度に応じた美味しいお酒です。
三千盛 純米ドライ
「三千盛 純米ドライ」は、「三千盛」シリーズの中で辛さマックスの日本酒度プラス18というお酒。淡麗大辛口とでも表現するべきお酒でしょう。全国の酒蔵でも、なかなかない辛口度です。開栓して立ち上がる香りは梨のようなフルーティさ。およそ大辛口のお酒とはおもえない立ち上がりです。しっかりとした米の旨みが主張するあと、しっかりとした力強いキレがやってきます。前半の旨みや甘み、バランス良い酸もあわせてきれいさっぱりと、キレていきます。その切れ味は、「三千盛 スーパードライ」といっても過言ではないでしょう。このお酒もクリアな酒質で、お料理と併せて愉しむのにもってこい。中華やイタリアンでも問題ありません。濃厚なお料理もきれいさっぱりとリセットしてくれます。温度帯も、冷酒から燗酒まで、あらゆる温度で愉しめるお酒です。
「三千盛」には他にも辛口の魅力的なお酒がラインナップされています。辛口のにごりや辛口の大吟醸など、なかなか出会えないお酒があります。辛口党の人には魅惑のラインナップでしょう。
最後に紹介するお酒はちょっと特殊です。「三千盛」はほぼすべてが「からくち」のお酒です。
三千盛 あぺりてぃふ
【三千盛 あぺりてぃふ 純米大吟醸】
アペリティフ、、、おフランス語🇫🇷で食前酒ですが、、、。
口あたりはなめらかで飲みやすく
後味もほのかにキャラメルの様なビター感もあるのでフルーツとの相性も良いですっ🍎🍐🍉🍇🍌🍒🥭
あっ⁉️ pic.twitter.com/J4mujKV1l4— まえだ家 (@maedaya_0701) January 20, 2020
ただひとつ、例外のお酒があります。「三千盛 あぺりてぃふ」と名付けられたお酒は文字通り、「食前酒」を目指して醸造されたお酒。日本酒度は驚異のマイナス32という、突き抜けた甘さのお酒です。文字に起こすと濃厚甘口。もっとも甘さと書きましたが、清涼飲料水のような甘さではありません。「山田錦」をしっかりと40%まで磨き上げた大吟醸酒で、非常に贅沢な造りになっています。口に含むと濃醇で厚みのある米の旨みと甘みが折り重なるように口一杯に広がってゆきます。「山田錦」のそのままエキスを搾り取ったような濃醇な味わいのです。
食前酒となっていますが、デザートワイン代わりに食後酒としても愉しめるお酒です。辛口の「三千盛」の風変わりな一本、飲んでみる価値はあります。
昭和初期から辛口のお酒をブレずに、ずっと醸し続けてきた「三千盛」。甘口の酒が全盛の時代に辛口の酒を造るという、先見の明には感服するばかりです。辛口の先駆者として、さまざまな辛口ラインナップを取り揃えています。「からくち」のお酒をお込の方は、一度ご賞味あれ。